AIエージェントは業務効率化の強力な手段ですが、導入すれば終わりというわけではありません。とくに経理・財務・人事など内部統制の対象となる領域では、「AIが正しく動いているか」「規定通りの手順で処理されているか」を継続的に確認できる体制が不可欠です。
2025年6月に公布された日本初の包括的AI関連法(AI新法)をはじめ、企業にはAIの適切な運用と透明性がこれまで以上に求められています。本記事では、プロセスマイニングを活用して、AIエージェントの業務効率化と内部統制・コンプライアンス強化をどう両立させるかを解説します。
AIエージェント導入で新たに生まれるガバナンスの論点
「AIに任せる」ことのリスクを正しく理解する
AIエージェントが業務判断の一部を担うと、「誰がその判断の責任を負うのか」「判断プロセスを後から検証できるか」という新たな問いが生まれます。たとえば、AIエージェントが請求書の承認判断を自動で行い、承認基準を満たさない請求が誤って処理された場合、責任の所在を明確にする仕組みがなければ内部統制上の問題になります。人が処理していたときの「担当者の確認漏れ」が、AIの導入によって「システムの設計責任」や「運用管理体制の不備」という構造的な問題に変わるのです。
AI新法と内部統制の枠組み
AI新法は企業に対してAIシステムの透明性確保と適切なリスク管理を求めています。多くの企業がすでに持つJ-SOXや内部監査の枠組みに、AIが関与する業務フローの管理という新たな要素を追加する必要があります。プロセスマイニングは、業務の流れをデータで可視化し、「どの工程でAIが判断しているか」「その判断は規定通りか」を客観的に確認できる基盤となります。
適合性チェック(Conformance Checking)とは
「あるべき姿」と「実際の姿」のズレを自動で検出する
適合性チェックとは、あらかじめ定義した業務ルールや承認フロー(「あるべき姿」)と、実際のシステムログが示す業務の流れ(「実際の姿」)を比較し、ズレ(逸脱)を自動的に検出する機能です。
たとえば、「100万円以上の支払いには部長承認が必要」というルールに対し、部長承認をスキップして処理が完了しているケースがあれば、適合性チェックが自動でフラグを立てます。人手で一件一件確認する必要がないため、大量の処理の中から逸脱を効率的に発見できます。

AIエージェントの判断も「チェック対象」にできる
AIエージェントが自動で承認した案件、振り分けた問い合わせなども、すべてイベントログとして記録されます。プロセスマイニングでそのログを分析すれば、「AIエージェントが想定外の判断をしていないか」「設計時の処理ルールから逸脱していないか」を継続的に監視でき、「AIに任せているが、ちゃんと管理できている」ということをデータで示せます。
全件チェックで監査の質が変わる
従来の内部監査ではサンプリングによる抽出検査が主流で、サンプルに含まれなかった逸脱は見逃されるリスクがありました。プロセスマイニングによる適合性チェックは全件を対象に自動でチェックを行うため、見落としがなく、逸脱が発生した時点に近いタイミングで検出できます。
逸脱プロセスの自動検知で監査対応コストを削減する
監査対応の現状と課題
内部監査や外部監査への対応は多くの企業にとって大きな負荷です。対象業務の処理記録を手作業で収集し、フロー通りに処理されているかを一件ずつ確認し、逸脱があれば原因調査と報告書を作成する――この作業に数週間から数か月を費やすケースも珍しくありません。AIエージェントの導入が進むと、監査対象にAIの処理も加わり、確認範囲はさらに広がります。
プロセスマイニングで監査の「準備工数」を大幅に削減する
適合性チェック機能を活用すれば、ルール通りの案件と逸脱案件が自動分類され、監査担当者は逸脱案件だけに集中できます。また、日次・週次で逸脱レポートを自動生成する運用にすれば、監査時期に慌てる必要がなくなります。ダッシュボードからデータを抽出すれば、監査法人や監査役への報告資料作成も効率化されます。
「事後の検証」から「リアルタイムの監視」へ
プロセスマイニングを継続的に運用することで、逸脱が発生した時点で検知し即座に是正する運用が可能になります。これは「ガバナンスを強化しつつ、管理コストは下がる」という理想的な状態を実現する手段です。
IPO準備企業が押さえるべき業務プロセスの透明性
上場審査で問われる「業務プロセスの可視化」
上場審査では、「自社の業務がどのようなルールに基づき、どのような流れで処理されているか」を明確に説明できることが求められます。プロセスマイニングを導入すれば、業務フローをデータとして可視化し、監査法人や証券会社に対して客観的な説明が可能になります。
AIエージェントを導入するIPO準備企業の注意点
IPO準備と並行してAIエージェントを導入する場合、「AIがどの判断を行っているか」「判断基準は何か」「誤りがあった場合の是正手順」を明確にしておく必要があります。適合性チェック機能を活用すれば、AIエージェントの処理も含めた業務フローの適正性を継続的に証明できます。
【ガバナンス視点】データマスキングによるプライバシーの保護
業務プロセスの透明性を確保する一方で、従業員のプライバシーへの配慮も重要です。NADJAのツールでは、特定の担当者を過剰に監視することがないよう、分析時に個人情報(氏名や社員番号など)を匿名化(ハッシュ化)して取り込むことが可能です。これにより、IPO審査に耐えうる「プロセスの透明性」と、従業員の「心理的安全性」を高い次元で両立させます。
AIエージェントの稼働状況を継続的にモニタリングする体制づくり
「導入して放置」が最も危険
AIエージェントの運用で最もリスクが高いのは、導入後に稼働状況を誰も確認していない状態です。業務ルールの変更、取引先フォーマットの変更、例外ケースの増加――こうした変化にAIが対応できていなくても、モニタリングがなければ気づけません。
プロセスマイニングによる継続的モニタリングの仕組み
プロセスマイニングを継続的に運用することで、AIエージェントの稼働状況を常時監視する体制を構築できます。具体的には、AIエージェントの自動化率の推移、人手に戻した案件の件数と理由、適合性チェックによる逸脱検出件数などの監視項目を設定します。

これらの指標をダッシュボードで可視化し、閾値を超えた場合にアラートを出す運用にしておけば、問題の早期発見と迅速な対処が可能になります。モニタリング体制自体がAIエージェントの品質維持、業務プロセス全体の改善、監査対応の効率化をひとつの基盤で実現する「資産」になります。
まとめ
プロセスマイニングの適合性チェックは、AIエージェントの判断も含めた全件チェックを実現し、監査対応・IPO準備・継続的モニタリングをひとつの基盤で実現する有効な手段です。
NADJAでは、プロセスマイニングによるガバナンス基盤の構築からAIエージェントの導入・運用まで一貫して支援しています。「AIエージェントを導入したいがガバナンスが心配」「IPO準備と並行してAI活用を進めたい」といった課題をお持ちの方は、お気軽にご相談ください。
※本記事は、プロセスマイニングとは?AIエージェント導入の成果を最大化する業務分析手法の全体像の子ページ⑤です。
▶ 関連記事:プロセスマイニングで業務の「見えないムダ」を可視化し、AIエージェントの導入ポイントを特定する(子ページ①)
▶ 関連記事:AIエージェント導入前の業務分析|プロセスマイニングで自動化すべきプロセスを正しく見極める(子ページ②)
▶ 関連記事:AIエージェント導入後の効果計測|プロセスマイニングで改善インパクトを数値で証明する(子ページ③)
▶ 関連記事:DX推進を加速させるプロセスマイニング×AIエージェントの相乗効果(子ページ④)
▶ 関連記事:なぜ自社開発のプロセスマイニングツールを使うのか|ツール選定と内製化の考え方(子ページ⑥)